The Dry Fly

#2 釣れないイミテーション


抄訳 『The Dry Fly – New Angles』
ゲーリー・ラフォンテーン=文
東 知憲=訳
中根淳一=イラスト


 川で、昆虫にリズミカルにライズするマスは、流れによって規定された捕食テリトリーの中で動く。必ずしもその領域のど真ん中に陣取るというわけではなく、右側にライズするときは45 ㎝までは動くが、左側は30㎝ということもある。規則的でセレクティブな捕食活動をしているときは、その 所定のテリトリー外を流れてくるものはすべて無視する。速い流れにすこし頭を突っ込んでエサを採るときもあるが、完全に体を入れはしない。
水面に絡む昆虫は、マスに一気に見えはじめるのではなく、特徴が個別的に、次第にあきらかになってくる。水面に乗っている物の、最初の視覚的信号は水面膜に作られる凹みだ。その生物の重さは、ゴムにも似た水面の裏側を窪ませ、銀色の中ではっきりと視認できるメニスカスのパターンを作り上げる。

 マスの目には、昆虫本体の姿よりもずっと以前に、このライトパターンが入ってくる。魚にとって、このはっきりとしたパターンは、特徴というよりもヒント。次にこんなものが見えてくるはずですよという告知だ。つまりライトパターン自体は、認識の対象というよりは意識のみを起動させるもので、マスはそれ自体には選択的に反応しない(とはいえライトパターンも、全体的な印象の中には含まれる要素だ)。
 決定的に大事なのは、最初の強烈な視覚的特徴。この本物ないしイミテーションを食べようという判断に至らせるものだ。この視覚的特徴は、同じ昆虫であってもステージごとに異なるので、使用するフライもそれに合わせることになる。

 マスは、水面膜から半分体を抜け出させているメイフライのイマージング・ニンフを、水面下のエサと認識する。完全に羽化して水面に乗るダンのライトパターンよりもはるか上流側から、水面膜にぶら下がるニンフの姿が見えている。言い換えるなら、羽化途中の昆虫はずっとはっきり見え続けており、ゆがめられたイメージしか見えない水面上のダンとはまったく違うのだ。
 完全に羽の抜けたダンは、一気に視界に入っては来ない。まずは高く立ちあがるウイングが、流れ下るに従ってマスの視界の周辺部を突っついてくる。マスがメイフライのウイングを強烈に意識するのは、そういったわけがあるのだ。

 ウイングを水面にだらり垂らした、産卵を終わったメイフライのスピナーは、垂直に立ち上がる特徴を持たない。ちぎれた尖塔のようなイメージでマスの視野の中に入ってくるものは、いっさいないのだ。しかし広げられたウイングは、ひだの間にプリズム効果を生む微量の空気を蓄えており、 見方でさまざまな色に変化する。スピナーに的を絞ったマスは、そのウイングの大きさと光り方を判断基準にする。
 自然に流下してくる水生昆虫は、メイフライだけに限らず、浮き方を観察することで、マスにとってのトリガー要素を推測することができる。どこかの部分が水面下に突き出しているなら、それが最初に見え始める部分だ。きわめて太い足、もしくはよく動く足なら、水面膜を破って水中に突き出すだろう。水面膜を破らずに乗る昆虫は、体の中でいちばん高さがある部分が最初に認識される。直立するパーツを持たない昆虫が水面にべたりと乗るときは、幅を作り出す特徴が初めに認識される。



ニンフを食べているマスも、たまにアトラクター的フライにライズすることがある。そのパターンの大きさが、流速と水面の荒れ方にマッチしていれば確率は上がる。視野に入るすべてに注意を払っているマスは、地味なイミテーションよりもアトラクターに反応しやすい。また、流下するニンフが一瞬途切れたその瞬間に運よくフライが頭上を通ったら、さらに確率は上がる


 流れの速い場所にいる魚にとっては、最初のトリガーとなる特徴だけに判断を頼るしかない。頭上を流れる昆虫ないしフライを認識した魚は、ただちに浮かび上がってこなければならない。判断はシンプルな認識に基づくもので、ライズしようという衝動から実際の捕食の間に、対象をじっくり観察する余裕はない。

 本物ないしフライが備えるほかの特徴が重要になってくるのはいつだろうか? 簡単な関係だ ーーー 流れがゆるくなるにつれて、二次的な特徴が大事になってくる。セレクティブにライズしている魚は、最初のトリガー要因に反応して浮き上がってくるが、フライに近づく、ないしフライに鼻先を付けて流れ下るとき、二次的特徴である形/大きさ/色をじっくり確認する。あるべき特徴がそこにないと分かったら「ギリギリでお断り」となり、 私たちは頭をかきむしるのだ。
 アイダホ州のヘンリーズフォークでは、6月初旬にペールモーニング・ダン(Ephemerella inermis:PMD)が出始める。7月になるとブラウンドレイク(Ephemera simulans)、グレイドレイク(Siphlonurus occidentalis)、スモール・ウエスタン・グリーンドレイク (Drunella flavilinea:フラブ)といった大型種が動きだし、マスは入れ替わりに起こるハッチに対応して食事を行なう。それらの大型メイフライにPMDが混ざっている場合、個体数の多いPMDを好む傾向にあるようだ。




 7月の末になると大型種のハッチはしぼんでいくが、PMDは8月まで毎朝羽化するだろう(よく晴れた暖かい日はタイミングが普通よりも早くなる)。ヘンリーズフォークの大型レインボーはセレクティブさを加速させ、このメイフライに精密にマッチしたフライしか受け入れなくなる。英国人はこの状況を「魚に色がついてきた」という。
 この時期のマスは、よいプレゼンテーションで見せたフライに鼻先を寄せ、最後の瞬間に大きな渦を作って拒否することが多い。ロッドを振り回す道化師たちを無視することを学んだ魚たちは捕食を続け、本物と偽物を区別する高い能力を見せつける。

 これらの教育が進んだ魚に対して自分のフライが通用しないと、ほとんどのフライフィッシャーは大きすぎたと思うようだ。しかし、元々使っていた#16から#18、ないし#20にサイズダウンするのは決定的に間違っている。まぐれで、たまにしか掛からないだろう。また、ソラックス、ノーハックル、パラダン、コンパラダンとさまざまなバリエーションを試すかもしれないが、最初の#16でかなり近かったことは分かっていない。
 常連たちは、PMDのハッチと賢くなったマスが投げかけるこの真夏のジレンマへの対策として、フローティングニンフやイマージャーを主力パターンに据える。しかし、マスがあきらかにアダルトを捕食しているときに水面絡みパターンを使うのは、私にとっては正しいことではない。
 自分が使っているドライフライのスタイルがダメだと認めているようなものだからだ。とはいえ、戦略的にはきわめて有効である。

 サイズと色の関係は、ドライフライの効果において大きな問題だ。薄いグレイを帯びたPMDを初めとする明るい色の昆虫は、背景から光が当たるとオーラをまとったようになり、実際より大きく見える。たとえば#16相当のPMDは、バックライトが当たると人の目には#14くらいに見えてしまう。
 慎重なアングラーは、魚からの拒絶に会うと「なにかが違うんだ」と思い、「サイズだ」と推測し、小さいフライを結んでしまう。しかしそうすると、ウイングも小さくなる。トリガー要因が弱くなってしまうので、フライの訴求力も落ちてしまうのだ。

 7月末の静かな朝、ヘンリーズフォークに立ち込むアングラーたちの間では、フラストレーションに満ちた小声の独り言さえもフラット中に聞こえてしまう。魚を掛けている人がいるなら、周りの者たちはきっと話しかけてくるだろう。
 「いったい何を使っているんですか?」
ヘンリーズフォークのPMDの釣りは、とくに羽化期の最後にかかる数週間、私の大好きなものだ。かりに川で声を掛けられたとしたら、私の答えはこうだ。「#14のウイングを付けた#18だよ」。

 なぜイミテーションフライは失敗するのだろうか? 魚が期待しているトリガー要因が盛り込まれておらずパスされたか、二次的特徴の組み合わせが正しくなかったか、のいずれかだ。昆虫をどれくらいうまく模倣できたかには関係がない。サーフェイスフィルムでゆがめられたフライの姿が、マスが判断基準として使う昆虫の特徴を備えていなかった、ということなのだ。